新たな一歩

タンタンこと蘇芳は最近とても悲しい自覚をしてしまった。
そのことを自覚した瞬間の感想は、『うわー・・・・』で且つ『俺って趣味悪かったんだぁ』であった。
惚れたら最後、絶対に地獄を見るに決まってるような相手なのに。
しかし悲しいかな、時は既に遅し。
とっくに深みに嵌った後であった。


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(うわー、まじかよ)
朝廷をふらふらと歩いていたら、運の悪いことに大変な場面に遭遇してしまった。
思わず角に隠れたが、果たして本当に気付かれていないかはどうかは自信が持てない。
ともかくも、後で確実に秀麗に漏らさないよう口止めされるだろう事は容易に想像できてしまった。
蘇芳はこっそりと顔を覗かせた。
瞬間、直ぐ目の前に人影が立ちはだかり蘇芳は思わず、げっと呻いた。
「タンタン君?盗み聞きで覗き見なんて、随分と趣味の悪いことをなさってるんですね」
「・・・・タケノコ家人」
蘇芳は早々に白旗を揚げた。
堂々と隠れていた場所から出てくると、静蘭の背後、遥か遠くにトボトボと去っていく一人の官吏の姿が確かに見えた。
「随分と慣れてるんだな。なに?よく告られるわけ?」
「・・・・さぁ?」
静蘭がこれ以上突っ込むなと、黒い笑みを浮かべて無言の圧力をかけてきた。
そんな黒い笑みを見るにつけても、自分の内面に目を向けてみれば、恐怖を感じてはいても実はさほど嫌だと思っていないあたり頭を抱えたくなる。
しかも、何気にこんな笑みでも自分に向けられることが嬉しいわけで。
「・・・・やっぱり俺、趣味悪いんだぁ・・・・」
こんなことを再自覚することほど悲しいことはない。
フッと自嘲すら浮かべる蘇芳の常ならぬ様子に、さすがの静蘭も訝しんだ。
「どうしたんです?そんなことを素直に認めて」
「いや、できれば認めたくなかったんだけど・・・・」
「まぁ、御史台にいれば盗み聞きや覗き見も上手くなるかもしれませんね。そう、気を落とさずに」
「・・・・は?何の話?」
あからさまなガックリポーズをとる蘇芳の肩を優しく叩き励ます、というか正直面白がってる静蘭だが、その会話に妙な齟齬を感じて、蘇芳は顔を上げた。
「ですから、先ほどの盗み聞きと覗き見を反省しているんでしょう?」
「違うし!!っつーか、さっきのは完全に不可抗力だから!」
爽やか過ぎる笑顔で言い切られた見当外れな返答に思わず叫び返してしまった。
そもそも、この家人がどこぞの官吏に告白されてる所を誰が見たいなどと思うのか。
男に迫られていることを脅しのネタに使おうなどと考えたら最後、絶対に末代まで呪われるに決まっている。
某御史台長官に左遷申告――――本当は出世なのだが――――を受け渡された後、清雅に遭遇し、更にその後ふらふらと朝廷を歩いていたら偶々不運にもそんな場面に遭遇してしまったというだけの話だ。
ちなみに蘇芳は静蘭に遭遇したというだけでも、危険察知本能により身を隠そうとするので、今回隠れてしまったことは覗き見でも何でもなくて、単なる条件反射だった。
しかし、そこでまたもや蘇芳は気付いてしまった。
静蘭の手にはなにやら高価そうな物が握られている。
十中八九、先程の官吏から手に入れた物なのだろう。
「・・・・もしかして、あんた、こうして貢がれてた物も家計に供給してたんじゃ・・・・」
「・・・・さぁ?」
またもやニッコリと黒い笑み。
蘇芳はこういう黒い部分を知らない官吏たちが健気に静蘭に貢ぐ姿を思って、内心でそっと涙を拭った。
とはいえ男の身でやたら男に好かれるなんて、ある意味哀れでもある。
以前、男色専門じゃないか発言をしたことで、それはもう酷い目にあった事があるが、きっと本人にそのつもりが無くても向こうからこれでもかという程寄ってくるのだろう。
自分もその中の一人に成り下がろうとしている訳で、自覚している蘇芳はどうにか抜け出せないかと、ほとんど使わない頭をフル回転させたが、結局無駄な努力に終わった。
こういった感情面でのことは考えたところでどうにかなるものでもない。
けれど、蘇芳はこれから貴陽を去ることになる。
思い返せば酷い仕打ちばかり受けて惚れそうな場面など一つも無いのだが、惚れた以上は何か残して格好良く去りたいという気持ちがあった。
どうせ直ぐに貴陽を去るのだから、ここは駄目もとで言ってみるものいいかもしれない。
思って蘇芳は静蘭を見据えた。
「なぁ、あんたさ、俺があんたのこと好きだっていったらどうする?」
「なんですか?タンタン君のくせに私で遊ぶつもりですか、いい度胸ですね」
「なんでそうなるかな、真面目な話してんのに」
「真面目ですか?そういえば、お嬢様に求婚なさった時はとても趣のある文を送ってましたね」
「・・・・まだ覚えてたのかよ・・・・」
言っても言っても堂々巡りで蘇芳はまたもやガックリと来た。
要は、全く眼中に無いって事ですか。
このままではさすがに悔しい。
「あんたは結局俺のこと、都合のいいパシリとしか見てない訳だ」
思わずそう漏らすと、静蘭は意外そうな表情をした。
「何を言うのかと思えば。これでも私はあたなの事を少しは認めてるんです。でなければお嬢様の傍につかせたりはしません」
「・・・・。・・・・。・・・・」
・・・・確かにそうかもしれない。
静蘭の性格を思えば、秀麗に求婚したあの時、その場で殺されていても可笑しくはない。
それを思えば、タケノコを投げつけられたくらいで済んでるのは、彼なりの譲歩だったのだ・・・・と、思えてきた。
(まずいぞ、俺。だんだんと思考が可笑しくなってる。タケノコぐらいで済んだのはまだいい方とか普通ありえないだろ)
間違いなく洗脳されていた。
いや、こういうのを惚れた弱みとか言うのか・・・・?
なんだかなぁ、とぼやいて蘇芳は息を吐いた。
最初から最後までしてやられっぱなしだ。
けれど、これだけは言っておきたくて、蘇芳は静蘭を真っ直ぐに見据えた。
そう、それは自分への宣言でもあるから。

「俺が戻ってきた時は絶対にぎゃふんって言わせてやる」

静蘭は目を瞠った。
彼は鋭いから、蘇芳がどうして貴陽を去るのかまで全て分かってしまったのだろう。
蘇芳の記憶にある限り、向けられた笑みはどれも威圧のある黒い笑みばかりだったけれど。
「楽しみに待ってますよ、タンタン君」
お疲れ様でした。
そう言って向けられた笑みは見たことも無いほど綺麗で優しいもので。
(・・・・今のところは、これで満足しておくかな)
悪くないと思って、蘇芳は新たな一歩を踏み出した――――。



タン静2本目です。
う〜ん、いまいちかな。
タンタンだとあまり押しが無くてやり辛いのです。
タンタンは結構好きなので、早く戻ってきてくれるといいな。

夢鳥

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