鬼に金棒

その場所に足を踏み入れ、その様子を目撃した瞬間、楸瑛は本能的な危機感に迷わず行動を起こした。
そうとも。
後で、両大将軍にどんな目に遭わされようとも、血を見ることになろうとも、今は彼の人の貞操のほうが最優先事項なのだ――――。


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「主上、主上!ちょっと匿ってください!!」
決死の形相で、常ならありえない事を叫んで王の執務室に飛び込んできたのは、藍楸瑛。
左羽林軍の将軍にして、間違うことなく王の側近の一人であるその人だ。
肩で息を継ぐその必死な様子に、劉輝と絳攸は唖然としつつも揃って首を傾げた。
「なんだ、遂に女に刺されたのか」
「・・・・?どうしたというのだ、楸瑛・・・・ってハッ!?その腕に抱いているのはもしや・・・・!?」
そろりと楸瑛に近づくなり、その腕に抱きかかえられている人物を認めた瞬間、劉輝の目がカッと驚愕に見開かれた。
絳攸も硬直して、その人物から視線を逸らせなくなった。
「酔い潰れ静蘭!?な、なななな・・・・ッ!!」
「そう、そうなんですよ!主上!見てください、この色気!本能に任せて襲ってしまわなかった私の理性を褒めてくださ・・・・」
「あほか――――!!この常春頭が!!!」
楸瑛に皆まで語らせず、分厚い書物が鼻先を掠めた。
無論、それを放ったのは絳攸である。
絳攸は真っ赤な顔で楸瑛の襟首をつかむと、ガクガクと揺さぶった。
「何を考えてるんだ、このっ、このっ!!」
「・・・・ゴホンッ。え〜、で、何だその・・・・、楸瑛、一体何があったのだ?」
暫く楸瑛の腕の中で無防備に眠っている静蘭の姿に目を釘付けにされていた劉輝だったが、側近二人のやり取りに、漸く自我を取り戻した。
絳攸に激しく揺さぶられすぎて、楸瑛の顔がもはやぶれて見えてしまっている。
当然、その楸瑛に抱きかかえられている静蘭にも被害は及び、連動するように静蘭まで激しく揺さぶられている訳なのだが、それでも静蘭はぴくりともしない。
よほど泥酔しているのだ。
酒に強いはずの彼がここまで泥酔するということは、どう考えても不自然だった。
「あー、それはですね、現在魔の宴が催されている真っ最中でして」
魔の宴、と聞いて顔を引き攣らせた劉輝を他所に、揺さぶられすぎて、顔色を悪くしながらも楸瑛は事の有様を説明し出した。
「静蘭が酔い潰れたのは十中八九、両大将軍との飲み比べのせいだとは思いますが、問題はこの後で・・・・」


そう、毎度のことながら楸瑛は酒を大量に横流しすることを条件として、のらりくらりと魔の宴から逃げていた。
以前、一度そのことに僅かに芽生えた罪悪感のため、たいそうな目に遭ったため、もう二度とは同じ事を繰り返すまいと固く誓った楸瑛だったが、とはいえども、彼の場所はムサイ男共の溜まり場でもある。
今回も間違いなくあの場所へ連行されているだろう愛しい人の事を思うと、何故か嫌な予感がひしひしとするので、前回以上の慎重さでもって、魔の宴へと様子見に出向いたのだった。
そして、その場所へ足を踏み入れようとしたときである。
彼は目撃してしまった。
それはもう無防備な姿で眠る静蘭の色気に目を眩ませた男たちが今にも襲い掛からんとするその瞬間を。
楸瑛は脇目も振らず静蘭を抱きかかえ、一目散に逃げ出したのだった――――。


「――――と、いう訳なんです」
話し終わって、楸瑛はハァと息を吐いた。
「結構執念深くて、ここまで逃げてくるのは大変でした。まさか自分の部下を恐ろしいと思う日が来ようとは思いませんでしたよ、まったく・・・・。あれは間違いなくケダモノの目でした」
「う、うむ・・・・。よくやったな、楸瑛・・・・」
「というか、それでいいのか、羽林軍!?そんなやつらの集団で、大丈夫なのか、羽林軍!?」
絳攸の叫びももっともである。
「いや、でも確かにこの静蘭の色気は反則だよ。私も逃げながら、人のいない室内に連れ込んでしまいそうになるのを必死に耐えていたんだ。ここまで来る間に理性が崩れていく音がはっきりと聞こえていたからね。自分で自分を褒めてやりたいよ、本当に」
「なっ、おまえの頭にはそれしかないのか、常春!?」
引き続き絳攸にガクガクと揺さぶられる楸瑛を尻目に劉輝が静蘭の寝顔を覗き込んでいると、うっすらと静蘭の目が開かれる気配がした。
「あ!」
「「“あ!”・・・・?」」
絳攸も動きを止め、三人揃って楸瑛の腕の中の静蘭を見つめた。
静蘭は微かに身を捩じった。
そして。
虚ろな瞳を彷徨わせ、目の前にある劉輝の姿をはっきりと捉えた瞬間。

「劉・・・・輝・・・・」
微かな呟きと、そして神々しいばかりの優しい微笑を静蘭は浮かべた――――。


―――― 一刻 ――――


「・・・・」
「・・・・・・・・」
王の執務室に重い沈黙が落ちていた。
劉輝は無防備に眠る静蘭に背を向けて黙々と仕事を続けていた。
無論、静蘭を視界の片隅に入れてしまわないためである。
しかし、物言わぬ背中が、十分すぎるほど彼の今の心情を語っていた。
「・・・・」
「・・・・・・・・」
「楸瑛・・・・」
「なんだい、絳攸・・・・」
「・・・・おまえ、絶対逃げ込む場所を間違えたぞ」
「・・・・」
楸瑛は何も言い返せずに沈黙した。
この一刻の間、楸瑛も絳攸も室内に充満する異様な空気に、完全に圧倒されていた。
内容は桃色なのだが、傍からみたら真っ黒で悶々とした空気だ。
「分からなくも無いけどね。あんな微笑を真正面からしかもあんな目の前で自分に向けられたら、普通だったらその場ですぐに理性が崩壊するよ。私たちがそばで押さえたとはいえ、よく耐えたよね、主上は・・・・」
「・・・・」
あの笑顔の破壊力の凄まじさは、さすが理解できたので、今度は絳攸が沈黙する番だった。
そう、あのあと完全にノックアウトされた劉輝を抑えるのに二人とも過大な労力を費やしたのだ。
自分たちだって、直接的でないとはいえ、あの笑顔の影響力をもろに受けていたのだが、劉輝のお陰で自分たちの欲情は完全に吹っ飛んでいってしまった。
ある意味劉輝に感謝である、が。
「・・・・」
「・・・・・・・・」
再び沈黙が落ちる。
だが、刹那。

ダアァァン!!!

凄まじい音に王の側近二人は、驚いて己の主を振り返った。
見れば、劉輝は机に手をつき立ち上がっていた。
よほど勢いよく立ち上がったのか、椅子がひっくり返ってしまっている。
無言の圧力に本能的な危機感を感じて、咄嗟に楸瑛も絳攸も体が動いていた。
眠る静蘭を庇うように絳攸が立ちはだかり、楸瑛が劉輝を羽交い絞めにする。
「お、落ち着いてください、主上!!」
「そうだ、落ち着け!!」
「・・・・だ・・・・」
ポツリと呟かれた言葉に、楸瑛と絳攸が目を点にして動きを止めた。
瞬間、劉輝は楸瑛を振り切り、絳攸を越えて眠る静蘭を抱き上げ、血走った目を最大限まで開いて、猛然と室の外へ爆走した。
「府庫なのだ――――ッ!!」
なのだ――――ッ!!なのだ―――!!と言霊が室内で反復する。
室外へ出て行った、劉輝を唖然と見送っていた側近二人は、しかし、すぐさま正気を取り戻して、己の主を追いかけるべく、室外へと飛び出した。
「府庫、そうか、府庫か!」
「確かに、府庫なら安全だね!!」
名案だとばかりに、楸瑛も絳攸も賛同したが、果たして、府庫へと運び込まれた静蘭の運命は如何に――――?


それは彼らのみぞ知る。



気持ち、静蘭総受けでギャグみたいな。(笑)
静蘭はその場にいるけどたった一言しか話してないです。
静蘭はお酒に強いけど、その分本気で酔ったらピヨピヨになると思います。
色気振りまいてかなり危険です。
魔の宴なんて冗談じゃない。(笑)
一応、ただでさえ色気があるのに、酔っ払ったら色気倍増→鬼に金棒?みたいなイメージでタイトル付けました。
訳分からん。
府庫では潔ツさまが静蘭に寄り付く悪い虫を父茶で撃退するので、静蘭は安全・・・・ですかね・・・・?

夢鳥

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