初めて、出されたその菜を目にしたときはただ唖然とした。
不揃いの具が、ただありったけ放り込まれた様にしか見えない。
とても悲惨な見た目である。
『どうしたんだ?早く食べろよ、小旋風』
そう促されて恐る恐る口にしたその味は――――。


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やけに体がだるい。
頭もぼうっとしている気がする。
ズキズキと痛んで火照ったような額に、降りてきた大きな掌が心地よいと思った瞬間、深い場所で眠っていた意識が急浮上した。
「・・・・!?」
「うわっと!目ぇ覚ましたのか、静蘭」
目の前にいる男が、慌てて掌を離した。
視界がややぼやけてはいるが、その男が誰なのかは直ぐに分かった。
「・・・・燕・・・・青・・・・?」
「そ。気分は良くなったか?」
「気分・・・・?」
そう呟くと燕青は呆れたよな声を出した。
「なんだ、覚えてないのかお前。俺が『休んどけよ』って言ったのに、全然聞かないで無理したから、倒れちまったんだろ」
そういえば、そうだった。
コメツキバッタの言いなりになるもの癪だったし、何よりお嬢様や旦那様に余計な心配をかけたくなかったのだ。
それなのに結局自分は、今こうして布団の中にいる。
不甲斐ない事この上ない。
静蘭がうなだれていると、燕青は再度掌を静蘭の額に乗せた。
「やっぱり、まだ熱いな」
「・・・・お嬢様・・・・は・・・・」
「心配すんなって。どうしてもお前の世話をしようとすんのをちゃんと説得して、代わり俺が世話することになったからさ。」
「そうか・・・・」
静蘭はホッと安堵の息を吐いた。
万が一にもお嬢様に風邪が移ってしまったら大変だ。
燕青の気遣いを有難く思ったが、かといってそれを口にすることはしない。
「でもさすが姫さん。お前の体調が悪いってさ、俺が言う前に既に見抜いてたんだよな。お前に無理矢理飲ませるつもりで薬買ってきてたんだぜ」
ほら、といいながら静蘭が体を起こすのを手伝うと、燕青は彼の膝の上にお盆を乗せた。
その上には出来立てなのだろう、湯気をたたせたお粥といくつかの薬が乗っている。
「早く食べて、寝ろよ。何?食べさせて欲しいのか?」
ニヤリと笑うと、燕青は蓮華を手に取り、お粥を掬って静蘭の口に運ぼうとした。
「なっ・・・・貴様・・・・!?いらんわ!自分で食べれる!!」
途端に憤慨した静蘭は燕青は睨みつけると、その手から蓮華を奪い取り、そのまま自分の口にそれを放り込んだ。
・・・・おいしい。
塩の加減も丁度いい。
けれど、この味はいつものお嬢様が作ったお粥とはどこか違うものだった。
そして自分はこの味を知っていた。
静蘭は一旦蓮華を下ろすと、燕青をじっと見つめた。
その視線を受けて燕青は悪戯っぽく笑った。
「さっすが静蘭、気付いたみたいだな」
「・・・・やっぱりこれを作ったのはお前か、燕青」
「当たり。うまいだろ?」
ああ、うまいさ。
けれどそういうことを正直に静蘭が口にすることは無い。
その代わり。
「・・・・まずい!!」
ただそれだけを言うと静蘭は猛然とお粥を食べ出した。
そして、そんな彼の様子を燕青は面白そうに笑って見ているのだ。
「『まずい』とか言って、めちゃくちゃ食べてるじゃん、お前」
「食べるものがこれしか無いからだ。お嬢様のお粥がもしここにあったら、迷わず私はそれを食べる」
「あーはいはい。どうせ、姫さんのには敵わねーよ」
「当然だ。お嬢様の菜にはこの世の誰も敵わない」
燕青との受け答えもしっかりしているし、食欲もある。
いきなり倒れるから驚いたが、どうやら平気らしいと判断して、燕青は安心した。
「・・・・なんだ?」
「いや、武官の癖にお前が風邪引くなんてさ、鍛えが足りないんじゃねーの?俺なんかきちんと鍛えてるお陰で風邪なんか引いたことないし」
「バカは風邪を引かないという言葉を知らんのか。お前が風邪を引かないのは、単にバカだからだ。というか、燕青、お前なんでそんなに離れた位置に座っている?」
「あー・・・・や、まぁ、これは男心なんだよ」
静蘭は半眼になって燕青を見据えた。
何が男心だ、まったくもって意味が分からない。
けれど燕青がやたら気まずそうな顔をしているので、どうせ碌でも無いことなのだろうと、取り合わないことにした。
「あ、今俺のこと碌でもない奴だと思っただろ」
「なんだ、正確無比な評価じゃないか」
そうこう言ってる間に椀が空になっていく。
最後に静蘭が蓮華を置くと、カランと音がなった。
忘れずにきちんと彼が薬を飲んだのを確認すると、燕青は甲斐甲斐しく布団をかけてやり、静蘭を寝かせた。
「暖かくして寝るんだぞ」
「煩い。分かってる。」
静蘭は燕青にぐるりと背を向けて布団に潜り込んだ。
そんな静蘭の様子に喉の置くだけで笑い、そのまま燕青は彼の髪で遊び出した。
静蘭の髪はふわふわと柔らかく、とても気持ちがいい。
静蘭にしてみても、こうして燕青に髪を弄ばれるのは決して嫌いではなかった。
だんだんとまどろみがやって来る。
少しずつ意識に靄がかかり始め、そして静かに眠りという名の安らぎに引き込まれていった。

「お。もう寝ちまったのか、静蘭」
すやすやと規則良い寝息が聞こえて、燕青は彼の顔を覗きこんだ。
五歳もさば読んでるだけのことはあって、寝顔は存外幼い。
「それにしても、熱出てるときのこいつの顔って絶対凶器だよな〜」
燕青はぶつぶつと愚痴るように呟いた。
頬が赤く火照って、目元が潤んだその顔が普段よりも数段艶かしく、理性を押さえ込むために敢えて距離をとっていたのだ。
そんな事を静蘭に知れたら、きっと鬼の形相で殴りかかって来るに違いないのだが。
「ま、これくらいは許されるだろ」
燕青は身を屈めるとそっと静蘭の額に口付けを落とし、そして、そっと室を去って行った。

最初にお粥を口にして浮かんだのは、初めて彼の菜を目にしたときの事だった。
見た目はとても酷く、今まで自分が食べてきた宮廷の菜とは比べ物にもならない。
当然、その味もとても粗末なもので。
けれど確かにおしかった。
その味は、今まで食べてきたどの菜よりも不思議とおいしいと、そのときは確かに感じたのだ。
例え大雑把に見えても、決して味を外しては居なかった。
――――そう。
それは、それを作った男、そのもののような菜だった――――。



双玉二作目です。
静蘭は天邪鬼。
でもそんな静蘭の事を燕青は良く分かってるので、別に気にしたりしないんですよ。
秀麗の手伝いをする前の小旋風の頃は料理なんてできなかったと思います。
で、いつも燕青が作った料理を食べさせて貰ってたんじゃないのかな〜(ニヤニヤ)

夢鳥

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