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「あ〜、もう!まずいわ、今の状況っ!」
いつもの様に雑用に走らされながら、一人秀麗は毒づいた。
「燕青×静蘭も藍将軍×静蘭もだんだん書く人増えてきたし、収入が少なくなっちゃうわ、どーしよ〜!!」
彼女がこの世界に足を踏み入れることとなったのを語るには、劉輝の世話係として後宮に入った頃まで遡らなければならない。
とある女官もらした一言を耳聡く聞きつけた秀麗は、「内緒ですよ!」という約束の代わりに、彼女たちの祭典の話を聞いたのだ。
そして、ちょうど月に一度は開かれるというその祭典がある、というので(女官の姿に扮して)一緒にその場所に連れて行って貰って目にした光景に、唖然としたのだった。
一冊の本のために、女官たちがわらわらと群がっていたのだ。
実際に売り買いされているその一冊を手にとって、その内容に更に驚いた。
同行した女官によれば、『ぼーいずらぶ』と、呼ばれている類のものだという。
しかし、そこでただ呆気にとられるだけの秀麗ではない。
ピン!と来た。
そう、秀麗の傍には『静蘭』という、素晴らしい人材がいるのだ。
しかも、彼の周りには(というより本当は秀麗の周りに、なのだが)ぞくぞくと、いい男が集まってくる。
秀麗は目を光らせた。
「これはいける!!」・・・・と。
――――そうして彼女の同人作家の道が始まったのだった・・・・。
「静蘭をネタにするのはちょっと罪悪感があるけど、家族が困ったら『助け合い』だものね。これも立派なうちの収入になってるんだし・・・・ごめんなさいね、静蘭。ホホホ」
ようは、静蘭にバレなきゃいいんだし。
だいたい、あんな綺麗な顔してるし、羽林軍じゃ大人気だっていうし、きっと静蘭を狙ってる人っていっぱいいるわよね。
自分の恋愛方面には驚くほど鈍感な分、反動なのか、逆にそっちの方面には驚くほど敏感になった秀麗だった。
そんなこんなで、静蘭受けをベースとした彼女の小説は、誰もが目を見張るほどの売り上げを上げ、多くのファンもついた。
しかしである。
最近になって、秀麗と同じものを扱う者が増えてきたことで、だんだんとファンたちが散ばり始めたのだ。
そして、目に見るよりも明らかに収入が減り始め、冒頭の叫びに戻る訳である。
「あ〜、もうっ!劉輝×静蘭も、もうほとんどの人が書いてるし・・・なにか新しい開拓地を探さないと・・・・」
あくまで静蘭受けで!!・・・・と、秀麗が廊下を爆走していると、前方に彼女曰くの『素晴らしい人材』その人が見えた。
「!?」
静蘭は嫌な視線を感じて、咄嗟に周囲に鋭い視線を走らせた。
しかし、そこにはなんら怪しい影はない。
静蘭は軽く首を傾げた。
何か、似たような視線を以前何処かで感じたことがある気がする・・・・。
あれは何時だったか・・・・。
思考を巡らすと、暫くしてある一点に結びついた。
あれは、お嬢様が劉輝の教育係として後宮に送り込まれ、自分も主上付きとなったときのことだ。
彼のお嬢様を尋ねて後宮にやってくると、何故か女官たちに期待の籠もった眼差しを向けられたのだ。
特に藍将軍はじめ、その他の武官と一緒に居ると、彼女たちの眼差しは異様な輝きを増していた。
結局あの視線の意味は分からず、お嬢様が後宮を退いてからは、後宮に近寄ることもなくなったので、すっかり忘れていたのだが。
今になって、一体誰が自分にあの視線と同じような視線を自分に向けてくるというのだろうか。
静蘭がもう一度首を傾げるたその時、後ろから誰かに肩を叩かれた。
「!!?」
「わっ!?」
勢い良く振り向いた静蘭の過剰な反応に、逆に相手の方が驚いた。
暫しの沈黙の後、ほっと安堵の息を吐いて、静蘭は呟いた。
「・・・・絳攸殿でしたか。」
それにしても、気配にすら気付かなかったとは・・・・どうやら考え込みすぎてしまったらしい。
静蘭は絳攸を上から下まで眺めて、先ほどの視線の主は彼ではないな、と判断を下すと、直ぐにいつものようににこやかな笑みを浮かべた。
「ところで、私に何の用でしょうか?」
「いや、その・・・・」
絳攸は、肩に乗せた途端に払われた手の行き場をなくし、暫し唖然としていたが、静蘭の問いに我に戻ると、言葉を濁して言い淀んだ。
・・・・。・・・・。・・・・。迷ったのか。
瞬間、絳攸の目がカッと開いた。
「俺は断じて迷ったわけではないぞ!!ちょっと、そこらを散歩してみたくなってだなっ・・・・!」
「・・・・ちょうど私も主上の所に所用がありまして、良かったらご一緒します?」
「・・・・是非・・・・」
弁明しようとしたものの、見事に静蘭に射落とされて、素直に絳攸は折れたのだった。
静蘭はほんのりと微笑むと、がくりと項垂れる絳攸に気にした風も無く、率先して目的地に向かった。
しかし、彼の後に続いた絳攸が不意にポツリと言った一言に、静蘭は硬直してしまった。
「・・・・ところで、最近バカ殿や、常春頭から何もされてないか?」
「・・・・は?」
一体何の話だ。
とても聞き捨てならないことを言われた気がする。
「前、言っていただろう。『最近、周りからの馴れ合いが激しさを増して、ほとほと困ってるんですよ』とか。」
「・・・・。・・・・。・・・・。」
言った気がしないでもない。
しかし、事のほか真剣な様子で、絳攸は詰め寄ってきた。
「その、なんだ、他は無理かもしれんが・・・・あの二人なら、多分、何とかできると、思う」
「はぁ・・・・」
「もし、本当に困っていたら俺に言ってくれ。あの二人からの被害なら最小限に出来るよう必ず協力する」
静蘭は真剣味を帯びたその言葉に、思わず瞳を瞬かせ、次いで口元を緩めた。
確かに、自分はほとほと困っていた。
毎日のように隙を見ては猛烈アタックをかけてくるむさ苦しい同僚たちや、更に言えば白大将軍には宿舎に強制連行されかけた事まである。
その度に、最大限運と頭を活用して何とか乗り切ってきたのは自分でも自分を褒めてやりたいと思う。
しかし、多少度が過ぎても、劉輝なら大きな犬に懐かれたようなもので別に嫌な感じはしないし、楸瑛に関しては、力関係は自分の方に分がある(それが油断だとは静蘭は気付いていない)ので、十二分に対処可能だ。
どう考えても絳攸の出番は無いのに、それでも真剣に自分を心配してくれる彼に素直に嬉しさを感じた。
「ありがとうございます。本当に困ったときは是非よろしくおねがいします」
自然に、笑みが零れた。
「あ、あぁ!!ま、まか、せろ!!」
その微笑を見た瞬間、絳攸はまずい!と思った。
折角、静蘭から信頼を寄せられたのにそれを一瞬で覆すわけにはいかない。
えぇい!!鉄壁の理性だ!!
静蘭に向けた言葉は彼の本心だった。
別に静蘭に付け入ろうと計算した訳ではない。
下心が丸見えで、しかも静蘭を困らせては喜ぶ輩どもにいい加減いらいら度が頂点に達しようとしていたのだ。
しかし、自分が静蘭からこんな溶けるような笑みを向けられるとは露とも思わなかった。
反則だ。
無駄に動悸のする心の臓を抑えて、顔を背けると、絳攸は静蘭を追い抜いて勢い良く歩き出した。
「あ、絳攸殿」
「なんだ!?」
「そちらに曲がると真反対の方向に――――」
静蘭が言い終わる前に反応した絳攸は電光石火の勢いで瞬時に方向転換した。
「うふふ・・・・見ちゃった・・・・」
もの影から覗く二つの目。
そう、秀麗は腐女子の潜在能力を発揮して、武官の静蘭にでさえも悟られないようにずっと二人を尾行していたのである。
羽林軍の武官でさえ玄人肌足で逃げる、素晴らしい尾行術だった。
秀麗はグッと握り拳に力を入れた。
「これよ、これだわ・・・・」
純情そうな絳攸が、密かに静蘭に思いを寄せいていても全然可笑しくはない。
そして、静蘭が周りの猛攻撃に辟易しているのを気遣いながら心の距離を縮めていき、最終的には――――。
「いける、いけるわ!!絳攸様、ネタ提供ありがとうございます――――!!」
これで、次の祭典の新刊は決まった。
秀麗はさっさと雑用を済ませ、御史台に戻るための道を爆走した。
さて、その日の御史台は異様な空気に包まれていた。
その異様な空気の中心には突如として扉を蹴り開け、そのまま自らの席に直進するとおもむろに紙を取り出し、目にも留まらぬ速さで筆を走らせる某女官吏が居た。
不適な笑みを浮かべ、目を怪しげ光らせる彼女の気迫に気圧され、この時ばかりは御史台の某長官でさえも声をかけるのを躊躇ったという。
その後、晴れやかな様子で帰宅する某女官吏が目撃されたのだった。
壁に腐女子官吏あり。
決して彼女に禁断の恋心を悟られてはいけない。
一応絳静のつもりで。
秀麗が腐女子化。
秀麗ファンのかたごめんなさい。
個人的に絳攸は隠れ狼だと思うんですよね〜。
藍将軍の常春発言に敏感に反応して突っ込み入れるくらいだから、絶対その手の事は知ってると思うし。
静蘭が絳攸に対して油断してる隙に・・・・とかね。
それにしても、マイナーの中のマイナー。
読む人どれくらいいるのだろうか・・・・。
夢鳥
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