☆虹の園☆

愛する、ということ

注意:静蘭が子供化してますよ〜。大丈夫ですか〜?
大丈夫!という方のみどうぞ。







伸ばしたけれど、でも振り払われた手。
怯えたような瞳
諦めるには十分だった。
愛されるってなんだろう。
愛するって、なんなのだろう――――?


******************


その日、朝から紅家邸に秀麗の黄色い悲鳴が響き渡った。
「きゃ――――っ!!いや――――っっ!!静蘭――――!?」
その悲鳴に驚いて駆け付けた邵可も、その室に踏み込むなり、ものの見事に固まってしまった。
「こ、これは・・・・」
かわいい!と叫びながら秀麗が抱きしめるその腕の中の小さな子供。
その不思議な光沢を持つやわらかい紫銀の髪は、確かに見覚えのあるものだ。
今は夢うつつの中にいるのだろう、閉ざされた目蓋の下の、その瞳もきっと翡翠の輝きを称えているに違いない。
と、その子供がもぞもぞと動いたと思うと、実に子供らしい仕草で目をこすり、長い睫で縁取られた目蓋を重たそうに持ち上げ、うっすらと目を開いた。
そして。
「・・・・だれ・・・・?」
その不明瞭な呟きは、しかし、秀麗と邵可を再度凍りつかせるには十分すぎる一言であった。


「困ったね・・・・」
「困ったわ・・・・」
秀麗と邵可は同時に溜息を吐いた。
普段なら既に起きている筈の時刻になっても静蘭が起きて来ないので、秀麗が彼の室へと出向いたところ、寝台の上で寝たままの、子供になった静蘭を発見した。
人形の様に愛らしい姿に、秀麗は混乱しながらも、思わず抱きついたりしてしまったのだが。
子供になった彼は、更に、記憶までなくしてしまっていた。
原因不明な上に、予測不可能な異常事態である。
記憶をなくした静蘭は、秀麗と邵可を認知できずに警戒心を顕わにして部屋の隅に縮こまり、二人に近寄りもせずひたすら威嚇をしていた。
その遠慮の無い視線を二人は受け止めつつ、再度息を吐いた。
秀麗は単純に、静蘭が突然子供になってしまったことへの驚きと、その彼の自分たちへの態度に純粋なショックを受けているだけなのだろう。
しかし、邵可は更に重要な問題も知っていた。
静蘭が子供になったということは、今の彼は清苑公子である、ということだ。
加えて今の彼の姿ならば、知っている者も数多くいる。
葉先生に診て貰おうにも、静蘭をこのまま外へ出す訳にも行かず、まさに八方塞の状態であった。
ただ、静蘭がひたすら自分たちの様子を伺うだけで自ら無鉄砲に行動を起こす、といったことをしないことは唯一の救いでもあった。
状況が状況なだけに下手に動かれると、更に厄介なことになり兼ねない。
ふと、妙だな、と邵可は思った。
静蘭、と呼べば自分のことだと分かっているのか、微かに反応を見せはする。
だが、公子一優秀であると讃えられていた清苑公子であれば、内心はどうあれ表面上は巧く取り繕って、秀麗と邵可から必要な情報を引き出して自分の置かれた状況を把握し、何かしらの対処法を導き出そうとするだろう。
しかし、今の彼は傷ついた獣のように、ひたすら警戒心を剥き出しにするだけである。
無論、邵可たちに拾われたばかりの静蘭とも、違う。
それならば今の彼は誰なのだろう?
この本当にただの無力な子供のように膝を抱えて蹲る彼は一体――――。
邵可は徐に立ち上がった。
当ては無いが、とにかく原因究明の為に全力を尽くそう。
目の前でしょんぼりと項垂れる秀麗の頭を優しく撫でて元気付け、安心させるように微笑んでやると邵可は室を出た。
「私は府庫に行って来るよ。何か見つかるかもしれない。すまないが、静蘭のことを頼んだよ、秀麗」
「分かったわ、父様・・・・」
秀麗は頷いて、邵可を見送った。
それにしても、どうしよう。
秀麗は未だ室の隅でこちらを威嚇する静蘭を顧みた。
一歩踏み出せば、彼はビクリと怯えたように肩を揺らした。
秀麗は腰を落としてなるべく彼と視線を同じ高さ合せ、おずおずと声を掛けてみる。
「あ、あのね、静蘭・・・・」
「・・・・」
あまりにも頑なに拒まれて、秀麗はそれ以上どうすることも出来なかった。

それから何刻も経ったが、静蘭の態度が変わることは無かった。
子供たちに勉強も教えてる秀麗は、子供の扱いにはそれなりに自信を持っていたが、今の静蘭は秀麗がどう宥めても、それに応じてはくれない。
今は子供でも、助け合ってきた大切な家族だ。
それだけに心を開いてくれないのは、余計に辛い。
だが、同時にそこには疑問も生まれる。
これが静蘭の子供の姿だというのなら、ここまで心を閉ざすほどの何かが幼少期の彼にあったということなのだろうか。
秀麗は青年の姿をした静蘭を思った。
秀麗たちといるときは心から休まれているようだが、それでも他人とは一線を引いて踏み込むことの無い、どこか張り詰めたような空気を纏た彼。
思えば、秀麗は静蘭の過去を何一つ知らなかった。
突如、物思いに耽る秀麗の視界を白いものが過ぎった。
蝶だ。
どこからか、入り込んできたのだろう。
ひらり、ひらり、と舞うように飛ぶ姿に、初めて静蘭が反応らしい反応を見せた。
目線が蝶を追い、捕まえてみようとその小さな手を伸ばす。
そんな彼の様子を見て秀麗は少しだけホッとした。
蝶に興味を持って初めて、強張った顔から子供らしい表情が覗いた。
「あ、お饅頭、作り置きしたの未だ残ってるわ。あれなら静蘭食べるかしら。」
ずっと何も口にしないで、室の隅で蹲っていたのだ。
きっと腹も空いているはずだ。
秀麗は饅頭を取りに台所へと向かった。
しかし、饅頭を持って戻って来たら、静蘭の姿がどこにも見当たらなくなっていた。
ほんの少しの間だったのに一体どこへ・・・・!?
驚いた秀麗が邸の中を探し回ると、静蘭は中庭にいた。
きっと蝶を追いかけて来たのだろう。
だが、小さな体で木によじ登っている姿を認めて、秀麗は慌てて彼を抱き下ろした。
この下は柔らかい土ではなく石がごろごろしているのだ。
落ちたら怪我をしてしまう。
「こらッ!危ないでしょ、怪我をしたらどうするの?」
小さな体を腕に抱いたまま秀麗がいつものように子供たちに叱る調子で叱り付けると、一瞬、ビクッと震えて身を竦めたが、ついで驚いたような困惑したような表情になった。
「・・・・して・・・・」
「え?」
「どうして?わたしがけがをしても、だれもしんぱいなんかしないのに」
意外な言葉に秀麗は瞬いた。
「そんなことないわ。私は静蘭が怪我したら、すっごく嫌よ」
「どうして?」
円らな瞳で、本当に理解できないっといった風に問いかけられて、秀麗は困ってしまった。
「どうしてって・・・・私が静蘭のことが大切で大好きだからよ。静蘭だって大好きな人が怪我をしたら嫌でしょう?」
しかし、この言葉に静蘭は顔を歪めると俯いて、小さな声で、わからない、と呟いた。
「だれかがたいせつだとか、だれかをあいするとか、そういうの、わからない・・・・」
「分からない?」
「だってははうえだって、わたしのこときらいって。てをのばしても、にぎりかえしてくれなかったもの」
声が次第に潤みを帯びてきた。
秀麗はそっと彼の背中を撫でてやった。

「ねえ、あいするって、どういうこと・・・・?」

静蘭の瞳がまっすぐに秀麗に問い掛けた。
不意に秀麗は理解した。
きっと、この問いに答えるのが、自分の役目なのだろう――――と。
秀麗も静蘭の視線を正面から受け止めて、答えた。
「難しい質問ね。それはきっと人によって違うと思うけど、そうね・・・・。私は、その人がどこにいても幸せになれるようにって、心から祈ることができることだと思う」
「しあわせ・・・・?」
秀麗は、そう、と頷いた。
「傍で支えてあげたいとか、どこにいても駆けつけるとか、いろいろと言葉はあると思うけど、全部ひっくるめてその人の幸せを思ってする行動よね。例えばね、私は、静蘭がいつまでもここで一緒に暮らしてくれると嬉しいと思う。でもね、もし、静蘭がここを出て、幸せな場所を見つけたんだったら、そこで静蘭が幸せになれるように、ずっと祈り続けるわ」
言いたいことが総て分かるわけではないだろう。
でも、彼に伝えられるだけのものを伝えようと、秀麗は言葉を紡ぐ。
「あとね、もし辛いことがあったなら、何があっても力になるし、私の手が必要ならいつだって手を差し伸べるわよ」
だから、と秀麗は思いを込めて静蘭を抱きしめた。
「辛いときは一人で抱え込まなくてもいいんだよ、静蘭」
静蘭は暫く微動だにしなかった。
けれど。
突如、堰を切ったように泣き出した。
声を上げて。
秀麗に縋り付いて。
秀麗はただ、ただその小さな体を抱きしめた。
秀麗は気づいたのだ。
この子供はきっと、静蘭の心の一部なのだ。
傷ついて、癒されることの無く、時を止まらせたままの彼の心の一部、その姿なのだと。

それから、静蘭はべったりと秀麗にくっついて離れなくなった。
本来なら幼い秀麗をずっと世話し続けていたのは静蘭の方なので、なんだかくすぐったい様な、微笑ましいような不思議な感覚になる。
暫くして、結局何も収穫を得られず、肩を落とした邵可が帰ってきたが、そのほのぼのとした光景に目を丸くして、ついで少しだけ安心したように微笑んだ。
その日の夜、秀麗は静蘭を抱きしめたまま眠った。
袖を握ったまま離さずにぐっすりと眠る幼い姿を見て、ゆっくりと目を閉じた。
静蘭は、元に戻るのだろうか――――。


その次の日のことである。
目を覚ました静蘭は、目の前にある秀麗の寝顔に仰天し、声なき悲鳴をあげたのだった。

「お、お嬢様、旦那様、あの・・・・」
「いいのよ、静蘭。何も気にしなくていいの」
「そうだよ、静蘭。君は知らなくていいことだから」
静蘭は居心地悪そうに身じろいだ。
朝起きたら、何故か秀麗と同じ床にいて、しかもそのまま秀麗に抱きつかれ、「よかった、静蘭が元に戻ったのね」などと意味不明な言葉を言われるし、その騒ぎに駆けつけた邵可に誤解されることを恐れるも、邵可までもが労わるように、静蘭の肩を叩いたのだ。
しかも、昨日丸一日分の記憶がごっそりと抜けている。
何があったのかを尋ねようにも、無言の圧力で、静蘭がそれ以上言葉を紡ぐことは到底出来なかった。
困惑している静蘭を、秀麗はとっくりと見つめた。
なんだか、少しだけ彼の纏う空気が和らいだような気がする。
秀麗は笑って問い掛けた。
「ねえ、静蘭、愛するって、どういうことだと思う?」
いきなり、突拍子も無いことを問われ、静蘭はきょとん、とした表情になった。
数拍、考えるような素振りをみせ、ついで微笑んで返した。
「難しい質問ですけど、そうですね・・・・。私は何処にいても相手の幸せを心から祈れることだと思います」
そう言って答えた静蘭の姿に、あの小さな子供の姿が重なって見えたような気がして、秀麗は驚いたように目を瞠った。
子供は微笑んで、満面の笑みを浮かべていた。
もう、張り詰めたような表情は何処にもなく。
それにつられた様に、秀麗も微笑み返した。


大丈夫。

君はもう、一人じゃないよ――――。



☆あとがき☆

何だか、だらっとして申し訳ないです。
静蘭って割りと成長した後に焦点を当てられることが多くて、もっと小さいときはどうだったのかなって考えたんですよね。
小さい劉輝も可哀相だったけど、数年とはいえ、清苑公子が守ってくれたから今でも素直な心を残せて笑えるともうんですよね。
でも、静蘭は邵可さまが拾ってくれるまで、守ってくれる大人がいなくてずっと一人で生きてきたんだな、と思うととても可哀相で。
小さいとき本当は傷ついていたかもしれないのにそれにも気づいてなくて、今まで来たんだろうと思うので、もう一度あのころに戻ってもらって、それで、秀麗なら、その傷を治してくれるんじゃないかな、と思って、こんな話になりました。
静蘭には幸せになって欲しいです。

夢鳥



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