******************
ちらっ、ちらっと視線が横に流れていく。
草むらを見つけるたびに、何かを探すようにゆっくりと通り過ぎていくその姿に、静蘭は首を傾げた。
「どうなさったんですか、お嬢様」
「え!?あ・・・・お、おほほほ、何でもないのよ、静蘭!」
「・・・・・・・・。」
あからさまにギクリと肩を揺らして、『おほほ笑い』をした秀麗に静蘭はますます訝しんで、半眼になった。
秀麗が『おほほ笑い』をするときは必ず何か疚しいことを隠しているに違いないのだ。
「・・・・お嬢様」
「あ、大変!早く行かないとあそこの大根が売り切れちゃう!!」
・・・・なんで、大根・・・・。
ちゃんと自分で育てた立派な大根が畑にあるのに。
物言いたげな静蘭の視線を受け流して、強制的に会話を終了させ秀麗は元気に走り出した。
この時間帯は夕餉の食材の買出しで、いつも市場は人でごった返している。
当然トラブルも起きやすいので、秀麗が買出しに出掛けるときは必ず静蘭は傍にくっついて行く。
それは、今日のようにきちんと手伝いとして堂々と横を歩いていることもあれば、影に隠れてこっそりと後についていくこともある。
そんな事を言うと、過保護だと聞く者は笑うかもしれない。
けれど静蘭にとってはそれでも不安で仕方が無いのだ。
それは何時、何処で、何が起こるのか分からないことを見に染みて知っているからこそ、余計に。
静蘭はふぅ、と一つ息を吐いて天を仰ぎ見た。
大切にしたい。
嘗て自分が与えられた光以上のものを彼女に返したい。
けれど自分ができるものは本当に数少ないことをいつも思い知らされるのだ。
「静蘭!!」
秀麗の呼ぶ声にハッと我に返り、彼女の元へと駆けつける。
静蘭は無意識に舌打ちした。
・・・・自分の物思いに耽って秀麗から目を離してしまうとは。
「どうなさったんですか?」
「このお米値切って安くしてもらってたくさん買えたんだけど、量が多すぎて私一人じゃ持てないのよね。静蘭手伝ってくれる?」
そう言う秀麗の足元には通常のそれより大きい袋とそれより少し小さめの普通サイズの袋が一つずつ仲良く並んでいた。
静蘭は笑った。
「その為に私がご一緒してるんじゃありませんか。そちらも私が・・・・」
「こっちは私が持つわよ。今日の戦利品をしっかり噛み締めたいの」
「重たいですよ、お嬢様。」
「大丈夫!伊達に賃仕事なんかやってないんだから!」
よいしょ!と声を出して静蘭の持っているものより一回り小さい袋を持ち上げる。
そして静蘭を振り返って満面の笑みを浮かべた。
「さて、帰りましょう、静蘭」
いつも買出しに出掛ける市場は、秀麗たちの住む邸からはさほど離れた距離にある訳ではない。
けれど、所々道が不安定になっている場所もあって――――そういう場所は子供たちの恰好の遊び場になっていたりするのだが――――気を付けていないと、躓いて転んでしまったりする。
人が歩く場所くらいは地が見えて草など生えては居ないが、少し横にずれれば短い草がひしめき合っている。
最近の秀麗は草むらを見れば、何かと余所見をして何かを探すので、今日は重い荷物を抱えていることもあって、静蘭はハラハラしながら秀麗の後に続いていた。
「お嬢様、危ないですから、ちゃんと前を見て歩いてください」
「あ、あら?ごめんなさい、つい」
おほほほ、と笑って再び歩き始めたときだった。
ちょうど泥濘に足を滑らせて秀麗の体が傾いた。
「きゃっ・・・・!」
「お嬢様!!」
静蘭は背後から秀麗を抱きとめたが、静蘭自身も重い荷物を手にしていたのでバランスをとりかねてそのまま直ぐ傍の草むらに倒れ込んでしまった。
「・・・・・っつぅ」
「静蘭、大丈夫!?」
庇われるようにして静蘭の上に倒れ込んだ秀麗が、彼の胸からバッと顔を上げた。
荷物も秀麗と一緒くたにして守ろうとしたので、受身こそは取れなかったが、草むらがクッションとなって大した怪我は無い。
「大丈夫ですよ、お嬢様。荷物もほら、無事ですし、ね?」
「さすが、静蘭!・・・・じゃなくて、荷物なんかいいから自分を庇って頂戴!!」
「お嬢様の方こそ、危ないですから、余所見はやめてくださいね?」
「うぅ・・・・っ、ご、ごめんなさい・・・・」
自分に否があることは十二分に分かっている秀麗は、申し訳なさそうに項垂れた。
その様子すらも愛しくて、静蘭は目を細めると、そっと抱きとめたままの彼女の背中に回された手に力を込めて抱きしめた。
それは、秀麗が気付かない程度にほんの少しのものであるけれど。
だが、唐突に秀麗が何かに気付いたように静蘭の顔の直ぐ横に自分の顔を張り付かせた。
静蘭はらしくもなく慌てた。
「お、お嬢様・・・・!?」
「・・・・っ、やっと見つけたぁ・・・・」
耳元で、秀麗の本当に嬉しそうな弾んだ声がした。
訳が分からず、え?と静蘭が目を点にしている間に、秀麗が彼の上から降りたので、静蘭も漸く状態を起こす。
ふと見れば、秀麗の手の中には小さなものがそっと握られていた。
それをそのまま差し出され、静蘭はすっかり対応に困ってしまった。
「この間、子供たちに教えてもらったんだけど、これを見つけたら幸せになれるんですって」
秀麗は照れたように笑った。
「本当はねぇ、こっそりたくさん見つけてから静蘭に渡そうと思ってたんだけど、なかなか見つからなくて」
「・・・・これを、私に・・・・?」
「私たち、静蘭には昔からずっとたくさんの迷惑かけてきたし、それなのにずっと傍にいて支えてくれて。私も今までの感謝の気持ちを返せるものも少ないし」
だから、と彼女は続けた。
「静蘭には、絶対に幸せになって欲しいから」
胸に詰まった。
ずっと支えられてきたのも、返せるものが何もないのも、自分の方だ。
けれど、それでも自分の幸せを願ってくれるという。
幸せすぎても、涙は出るものなのか。
けれど、静蘭は胸からこみ上げるものを精一杯抑えて、微笑んだ。
「・・・・ありがとう、ございます。」
差し出されたそれを受け取って静蘭は潰れないように、大切に懐にしまい込んだ。
「さて、急いで帰りましょ!お父様が心配してるわ」
「はい」
秀麗が服についた土ぼこりを払い立ち上がったのに続いて静蘭も立ち上がる。
そのまま歩き出そうとした秀麗に静蘭は気付いたように問いかけた。
「お嬢様」
「うん?なぁに?」
「これは何という名なのですか?」
秀麗は思い出すようにして少し間を空けてから、微笑んだ。
「“幸せの四葉のクローバー”よ」
☆あとがき☆
静秀です。
静蘭も秀麗もお互いがお互いの幸せを願っている。
四葉のクローバーをどうしても使いたかったんですが、彩雲国の世界観からして、どうにも浮いてしまった感が・・・・(汗)
ただでさえ文章力が無いのに難しい題材を選んでしまいまた。(笑)
夢鳥
*ブラウザを閉じてお戻りください*