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「・・・・」
無表情ではあるが、しかし、彼は困っていた。
彼にしてみれば、本当に珍しいことなのだが、これが最近では日常になっている。
ああ、困った。
この人たちは、自分ではとても対処できない。
だが、そんな彼の心情を知ってか知らずか、明るい声がしきりに話しかけてきた。
「ほれ、はよう笑わんか」
だが、笑えと言われて、笑えるはずもない。
「折角のかわいい顔が台無しだといつも言っておろう」
そんな事を言われても、笑い方を忘れて久しいのだ。
今更どのように笑えばいいと言うのか。
と、その時彼の手にぺたっと小さな手が触れた。
「せーらぁ!」
「ほ〜れ、見るがいい。秀麗も楽しみにしておるぞ」
目の前の、目も眩むほど美しい女性が上機嫌で幼子を抱き上げた。
幼子は、きゃっきゃっと無邪気にはしゃぎ、更に彼に手を伸ばしてきた。
しかし彼はその手を凝視して、凍りついたように動かない。
いや、先ほど幼子に触れられてから、ずっと強張り無表情の中にも引き攣った顔をしていた。
初めて、その手に触れられたとき。
記憶の中の、紅葉のような手の子供のものだと思った。
だから、満足だった。
漸く会えた。
これで終われるのなら、それも悪くない、と。
だが、彼が再び意識を浮上させたとき、目の前には見知らぬ家族がいたのだ。
自分には場違いな場所に、焦った。
自分の居場所はここじゃない。
自分はこんな暖かい場所にいれる人間ではない。
そう思って――――。
けれど、あれから数ヶ月。
彼らは自分を見捨てず、今尚こうして居場所を与えてくれている。
けれど、やはり怖いのだ。
この穢れなき小さな手を。
自分の血で濡れた手で握り返すことが出来ない。
この穢れが、きっと、移ってしまう。
それだけは。
その小さな手を凝視したまま、祈るような思いで後ず去ろうとしたが、不意に降りてきた暖かい手が、彼の手を拾い上げ、強制的に幼子の手と繋げてしまった。
彼はギクリと肩を跳ね上げた後、その手の主をぎこちない動きで振り返った。
そこには見るものを安心させるような穏やかな微笑みがあった。
「遠慮する必要なんてないよ。言っただろう?君はもう、私たちの家族なんだよ」
「邵可の言う通りじゃ。家族の一員となったからには、笑顔は必須じゃぞ?そうであろう?秀麗」
「せーらぁ!えがお!!」
だが、それでも彼は笑うことが出来ないばかりか、ますます困惑してしまった。
握らされたままの手。
不思議なほどに暖かい。
依然笑う気配の無い少年に、美しい女性が、その美貌をわざとらしく顰めて言った。
「むぅ、仕方が無い。それでは、笑わなかった罰として、秀麗と遊ぶのじゃぞ。秀麗はほんにそなたがお気に入りじゃからな」
「せーらぁ、だっこ、だっこぉ」
幼子がしきりに手足をバタつかせて、ねだる。
それを見て、目元を綻ばせると、その女性は呆然と突っ立ったままの少年に、幼子をひょいっと手渡した。
「・・・・!」
少年が更に顔を強張らせたが、それを気にも留めずに、大人二人は庭園へと彼らを追い立てた。
「私たちはここで見てるから、秀麗を頼んだよ」
少年はぎこちなく幼子を抱きしめながら、手を振る主たちに押されるように庭園へと降りていった。
抱き上げられた幼子は嬉しそうに首元にしがみ付いてくる。
いつか、覚えのある高い体温。
少年は、腕の中の温もりを壊してしまわないように、そっと、大切に抱きしめ直した。
高い体温も、裏表なく縋り付いて来る小さな手も。
全てが懐かしくて、視界が涙でほんのりと、滲んだ。
「やっぱり、あの子が笑えるようになるまでには、まだまだ時間がかかりそうだね」
「何を言う。直ぐに笑えるようになるぞ。なにせ、妾と邵可の子になったのじゃからな」
むっふっふ、と自信満々に笑って胸を張る妻に、優しげな雰囲気を纏った男性もも大きく頷いて笑って見せた。
庭園では、少年と幼子が仲良く手を繋いで歩いてる。
恐々とした様子ではあるが、それでも少年の気配が少しだけ、穏やかに澄んだのが分かる。
大丈夫だよ、と彼は言った。
「私たちが君を見守っているからね、静蘭。」
君はもう、私たちの家族なのだから。
☆あとがき☆
静蘭が拾われたばかりの頃の捏造話です。
どうやら私は静蘭が大切にされているのが好きらしいですよ?
静蘭が紅先生一家に拾われて良かった、と本当に思います。
ところで、奥様の話し方がいまいち分からないのですが・・・・。
お爺様臭くなっちゃうなぁ・・・・。(汗
夢鳥
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