☆虹の園☆

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予想だにしないこと

「静蘭!!」
朝廷の一角で静蘭は聞きなれた声に呼び止められた。
振り返り見れば、予想通りの人物が渡り廊下の向こうから元気に手を振り駆けて来る。その姿が幼き頃のそれと重なって、静蘭は思わず口元を緩ませた。
「どうなさったんですか、主上?」
息を切らして自分の元に辿りついた弟をいつもの優しい笑顔で迎え入れる。――――もっとも今は、嘗てのように兄として接することは出来ないけれど。
「そ、その・・・・秀麗にこれを渡して欲しいのだ。できれば匿名で」
「は?」
劉輝が小さく照れながら懐から取り出しそっと差し出したものを見て、静蘭は目を点にした。
「・・・藁人形・・・ですか?」
まかり間違っても人に贈り物として贈るような物ではない。大方、持ち前の素直さのお陰で、霄太師にでも騙されたのだろう。
けれど、静蘭も人生いろんなことを身を持って知っておくのもいいだろうと、あえて進言することはやめにした。
しかもこの藁人形、どことなく手作りな感じが漂っている。ひょっとしたら、劉輝が自分で作ったものなのかもしれない。
その様子を想像して内心微笑ましく思ったが、とはいえ、贈り物ならばもっと有効活用できるものがいい。
「かわいらしいですね。・・・・ですが、主上、ご存知ですか?」
普段、藍楸瑛や李絳攸に見せるほどではないが、それでも十分過ぎるほどに輝かしい静蘭の笑顔に不穏な空気を感じ、何故か劉輝の背中を冷たいものが伝った。
思わず、生唾を飲み込んでしまう。
「な、何をだ?」
劉輝は恐る恐る尋ねてみた。秀麗に贈り物を贈ることで、静蘭を怒らせてしまったのだろうか。
だが、この兄がその程度で腹を立てるはずもない。
そんな劉輝の内心を知ってか知らずか、静蘭はゆっくりと、その端正な唇を開いた。
「大根は葉も食べられるのですよ」
「・・・・へ?」
唐突な言葉に、今度は劉輝が目を点にする番だった。そんな劉輝に構わず、静蘭は笑顔で言葉を続ける。
「白菜だって、芯が出てもまだ食べられますし、そこら辺にある雑草だって、意外に食べられるものもあるのですよ」
・・・・なぜ、食べ物の話をしているのだろうか。
劉輝は、なんとなく静蘭が言いたいことを理解し始めていた。
「最近は藍将軍や李侍郎が4日に1度食料を持参してくださって食事会をしているので、大変助かっていますが。」
ちなみに劉輝は楸瑛や絳攸が食料を持っていくのは、静蘭の教育の賜物だということを知っている。
その時、静蘭の笑顔が一際輝いた。
「この春にお嬢様が後宮入りしたことで、例年のように畑に野菜の種を蒔けなかったのは、やはり少々堪えたものですから」
――――次の贈り物には是非・・・・お願いしますね?
はっきりと言葉にしている訳ではないのに、確かにそんな幻聴が聞こえた。
「あの・・・次は何か食べ物を贈り物にします・・・」
「ありがとうございます、主上。この藁人形はきちんとお嬢様にお届けしますね、きっと喜ばれますよ」
にっこりと微笑んで、そこで漸く静蘭は劉輝の手から藁人形を受け取った。一国の王ですら頭が上がらない男――――シ静蘭。
その正体がこの彩雲国の元第二公子だと知るものは、僅かしかいないのだった。


「うぅっ・・・・兄上はやはり兄上なのだ・・・・」
悠々と立ち去る兄の後ろ姿を見送りながら、劉輝は微かに嘆いた。
まさに笑顔で大人たちを掌で転がしていた頃の兄を彷彿とさせる瞬間だった。
それは、名を変えたとしても、確かに劉輝が大好きな兄のままであるということの確かな証ではあったが。
何故かこの時、劉輝は嬉しいような悲しいような不思議な感覚に駆られたのだった。
「そういえば」
ふと、劉輝の頭をある記憶がよぎった。
秀麗は、ゆで卵が好きだと聞いた気がする・・・・。
「次の贈り物は、ゆで卵にするのだ!!」
名案だとばかりに劉輝の顔が途端にぱぁっと明るくなる。静蘭も秀麗も喜んでくれて、一石二鳥に違いない。


後日、紅家宅の門前に大量に届けられたゆで卵の腐臭に、紅一家が悩まされることになる。
その背景にこの一連のやりとりが大きく貢献することになるとは、さしもの静蘭でさえ予想だにしないことだった――――。



☆あとがき☆

ごほッ、ごほッ。
スミマセン。2巻辺りの捏造秘話です。
ギャグにするつもりが、生温いギャグに。
もう、多くは語りません。

夢鳥



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