「ここはどこなんだ…」
それほど多くない資料を手に、絳攸は進んでいた。
日の角度を見て、そろそろ二刻はこの辺りから動けないでいる事に気づき愕然とする。
楊修様におこられる…っ!
優雅に溜息をつく楊修が脳裏に浮かぶ。それはつい昨日の出来事だ。
出来るなら遠慮したい。ものすごく遠慮したい。
必死になったのが効いたのか、それから半刻ほどで、絳攸は見慣れた回廊にたどり着く事が出来た。
昼過ぎの眠気に誘われる時間に、楊修に確認して貰おうと絳攸は席を立った。官吏達が適当に置き重ねた資料を倒さないように、崩れた資料や先輩官吏を踏まないように移動して、楊修の席へと向う。
近付くにつれ、すらすらと筆を滑らせている楊修の横顔が見え、白い肌に薄っすらと出来た隈にこの人は何日寝ていないのだろうかと思った。二日はここから動いたのを絳攸は見ていない。
「楊修様……」
「……ん?ああ」
絳攸が書類を前に出すと、楊修はそれを受け取ろうと顔を上げる。
バキッ…。
決して小さくはない音が楊修からした。
「だ、大丈夫ですか楊修様!」
「あーこってるな」
肩を押さえた楊修が軽く首を回すと、さらに景気良く音がした。
「これもどこぞの尚書が仕事をしないせいだ」
「すみません」
反射的に絳攸は謝る。
「…やめなさい。君が悪いのではない」
楊修は眼鏡を外し、軽く目を押さえる。
押さえ終わると焦点を合わすように何度か瞬きした。
「茶を入れてくれないか絳攸。どうせ君も朝から何も飲んでいないんだろう」
「はい!」
絳攸は楊修が大半の資料を床に下ろしたころに戻ってきた。
先輩官吏を押し退けて、出来た隙間に絳攸が椅子をねじ込む。
うめき声がした。
「おや、梅茶か」
「何故かこれしかなかったんです……」
これはまた、あの尚書は何を考えたのか。
開け放った扉から風が吹いて、ふんわりと梅の香りが漂う。
「今日も迷ったらしいね?」
「……はい」
絳攸が気まずそうに、あるいは怯えたように返事をする。
「でもまあ、それももうすぐ終わるだろう」
「へ…それはどう言う事ですか?」
「また、君の官位が上がるそうだから」
ぱあぁっとあからさまに絳攸の顔が明るくなる。
楊修は茶を飲んだ。
何時もの事だが、何とも感情を素直に出す子に育ったなと思う。
よほど紅黎深の奥方が立派なのかと思っていたが、聞けばほとんど邸にいないと言う。
だから、よけい紅黎深などに。
……新芽が出るまで。
やわらかい緑が木に目立つ頃にはもう、楊修の視線の大半は他の者に向いているだろう。
足元に下ろした仕事には、絳攸が引き継ぐであろう物もある。
惜しい。そう楊修は思った。
栗野様が私のイラストに付けてくださったSSです。
うふふ、素敵でしょう〜vv
素敵な師弟愛!
世界で最初に拝見させてくださる名誉まで頂きました!
栗野様、有難うございました!!
夢鳥
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